2009年03月10日

ジェフ・ハースト

ジェフ・ハースト

ハースト.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1941年12月8日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 49/24

 ● 所属クラブ


 1959-72 ウエストハム

 1972-75 ストーク・シティ
 
 1975-76 WBA


 イングランドが誇る伝統的なセンターフォワードではなく180センチを
 超す体格と無尽蔵のスタミナを持ち合わせ、献身的に走りチャンスメイク
 や味方からのパスをさばき、味方にゴールのお膳立てをするなどした、
 イングランドの名フォワード。

 59年にウエストハムでプレーを始めるが当初はレギュラーとしてのポジ
 ションを獲得できずにいた。
 当時のイングランドサッカーにおいてハーストのようなプレーヤーはあま
 り評価されなかったが61年に就任した監督のロン・グリーンウッドは、
 周りの雑音にも耳を貸さずにハーストを使い続けて63−64シーズンに
 FAカップを獲得して周囲を黙らせた。
 とは言えウエストハム時代は410試合で180ゴールをあげており、ス
 トライカーとしても活躍をした。

 代表では1966、70のワールドカップに出場し、66年の自国開催の
 大会では当初控え選手だったが、予選のフランス戦でジミー・グリーブス
 が怪我をし、出番が回ってきた決勝トーナメント1回戦のアルゼンチン戦
 でいきなりゴールを決めると、決勝の西ドイツ戦では延長戦にまでもつれ
 込んだ試合でハットトリックを決める活躍をした。
 今でも延長前半11分にハーストが放ったシュートはクロスバーを叩き、
 真下に落下してゴールライン上に落ちたようにも見えるゴールは語り草に
 なっている。

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2009年02月26日

ジェイソン・ウィルコックス

ジェイソン・ウィルコックス

ウィルコックス.jpg 


 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1971年6月15日

 ● ポジション MF

 ● 代表出場 3/0

 ● 所属クラブ


 1989-99 ブラックバーン

 1999-04 リーズ

 2004-05 レスター

 2005-06 ブラックプール



 攻守の両面において堅実なプレーを披露し、パスにおいては正確無比な
 ボールをゴール前に献上し得点のお膳立てをしたかと思うと、守備では
 最終ラインまで戻り懸命にディフェンスをしたミッドフィルダー。

 ブラックバーンでキャリアをスタートすると、すぐにチームの主力として
 活躍すると、94−95シーズンにはリーグ戦の優勝に貢献してリーグ、
 カップ戦を含めると300試合以上に出場しブラックバーンを支えた。

 99年には永らく所属したブラックバーンからリーズに移籍をすると、
 当時若手が台頭していたチームでベテランのウィルコックスが果たした
 役割は大きく00−01シーズンはチームの主力が怪我で戦線を離脱する
 中で安定感のあるプレーを披露しチームは序盤戦からの大躍進を果たし
 国内外でヤングリーズの名を轟かせた。

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2008年10月31日

クリス・ウッズ

リス・ウッズ

ウッズ.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1959年11月14日

 ● ポジション GK

 ● 代表出場 43/0

 ● 所属クラブ



 1976-79 ノッティンガム・フォレスト

 1979-81 QPR

 1981-86 ノリッジ・シティ

 1986-91 レンジャース

 1991-96 シェフィールド・ウェンズデイ

 1996   コロラド・ラピッズ

 1996   サウサンプトン

 1997   サンダーランド

 1997-98 バーンリー



 安定感があり、1対1に強く、状況判断に優れており、的確なコーチング
 も持ち合わせたゴールキーパー。

 76年にノッティンガム・フォレストでキャリアをスタートさせるが、ゴ
 −ルキーパーというポジションの特性から出場機会が無く、79年にQP
 Rに移籍をすると、レギュラーとして活躍をすると、81年にノリッジ・
 シティに移籍をすると、抜群の安定感でゴールマウスを守り続けた。

 86年にはスコットランドのレンジャースに移籍をすると、チーム自体の
 失点も少なくなり不動のゴールキーパーとして、君臨し4度のリーグ優勝
 に貢献をしした。
 その後シェフィールド・ウェンズデイで5シーズンを過ごすと、数々のチ
 −ムを転々とし98年にバーンリーで現役を引退をした。

 代表では1986、90ワールドカップのメンバーに招集されたが、イン
 グランドが誇る名ゴールキーパーのピーター・シルトンの控えだったが、
 1992欧州選手権では正ゴールキーパーとして活躍した。

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2008年10月14日

ジミー・グリーブス

ジミー・グリーブス

グリービス.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1940年2月20日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 57/44

 ● 所属クラブ



 1957–61 チェルシー

 1961   ACミラン

 1961–70 トッテナム

 1970–71 ウエストハム

 1975–76 ブレントウッド

 1976–77 チェルムスフォード・シティ

 1978–79 バーネット



 的確な判断力、フォワードに必要な技術を全て兼ね備え、ペナルティー
 エリア内で確実に仕事をし、ゴールを決める典型的なセンターフォワード
 
 10代の頃からチェルシーのトップチームでデビューをして、58−59
 60−61シーズンには得点王に輝き、イタリアのACミランに移籍を
 するが、すぐにイングランドのトッテナムに移籍する。
 トッテナムではゴールを量産し、62−63シーズンから3シーズン連続
 で得点王に輝き、68−69シーズンにも得点王を獲得している。
 トッテナムでは4試合で3ゴールの割合でゴールし、今でもトッテナム
 史上で最高のストライカーの呼び声が高い。

 代表でも活躍をし、ゴールを量産し57試合で44ゴールを記録している
 が1966年イングランド・ワールドカップの本大会では、予選リーグで
 怪我をし、決勝の舞台には立てなかった

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2008年10月09日

デビッド・バッティ

デビッド・バッティ

バッティ.jpg

 ●国籍 イングランド

 ●生年月日 1968年12月2日

 ●ポジション MF

 ●代表出場 42/0

 ●所属クラブ



 1987-93 リーズ

 1993-96 ブラックバーン

 1996-98 ニューカッスル

 1998-04 リーズ



 激しいプレイスタイルで相手を削り、ボール奪取力に優れ、カバーリング
 能力にも優れているが、その激しいプレースタイルが時には災いして、
 度々レッドカードをもらう事もあった。

 地元のリーズでキャリアをスタートさせると、その守備能力の高さで将来
 を嘱望されリーズの中核として活躍をすると、93年にブラックバーンに
 移籍をし、94−95シーズンのリーグ優勝に貢献した。

 96年にはニューカッスルに移籍を経て98年には古巣のリーズに復帰を
 果たすと、若手が中心のチームの中でベテランであったバッティの役割は
 大きく精神的支柱としてチームの躍進を支えた。
 しかし00−01シーズンに怪我をしてしまい、そのシーズンを棒に振る
 と02−03シーズンには、チームの財政難により主力選手がほとんど
 移籍をしたが、バッティは地元チームに残りプレーをしたが、03−04
 シーズンに19位となり降格をしてしまい、バッティもその年を最後に
 引退をした。

 代表では1998フランス・ワールドカップに出場し、決勝トーナメント
 1回戦のアルゼンチン戦では後半ベッカムが退場になり2−2で迎えた
 延長前半2分にピッチに入ると、疲弊しきった選手達のカバーに走り回り
 アルゼンチンの攻撃を防ぎきった。
 

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2008年09月20日

トミー・スミス

トミー・スミス

スミス.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1945年4月5日

 ● ポジション DF

 ● 代表出場 1/0

 ● 所属クラブ



 1962-78 リバプール

 1978-79 スウォンジ・シティ



 空中戦、1対1に強く、そしてなにより、屈強な体を存分に活かしての
 ディフェンスを得意とし絶対に勝負を諦めないたディフェンダーだった。

 リバプールの下部組織でプレーをし、62年にトップでプレーをすると
 激しいディフェンスでレギュラーポジションを獲得すると、16年に渡り
 トップでプレーをした。

 リバプールでリーグ優勝5回、FAカップ2回、チャンピオンズ・リーグ
 2回など、数々のタイトルの獲得をし、70年代のリバプールの黄金時代
 を支えた。

 76−77シーズンのチャンピオンズ・リーグ決勝戦でドイツの強豪の
 ボルシアMGと対戦し、エースであったアラン・シモンセンを徹底マーク
 をするが、後半開始早々に、単純なミスからシモンセンに同点ゴールを
 決められしまうが、その直後にコーナーキックを、走りこんで目の覚める
 ような、ヘディングシュートを決め逆転ゴールを決め、チームのチャンピ
 オンズ・リーグ初制覇に貢献した。

 そのシーズン限りで引退を決意していたが、チャンピオンズ・リーグでの
 活躍もあり引退を撤回し、その翌年もチャンピオンズ・リーグを2連覇に
 貢献した。

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2008年09月14日

マーティン・チバース

マーティン・チバース

チバース.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1945年4月27日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 24/12

 ● 所属クラブ



 1962-77 サウサンプトン

 1967-75 トッテナム

 1975-77 セルベット・ジュネーブ

 1978-79 ノーリッジ

 1978-79 ブライトン



 重戦車のような強さを誇り、ペナルティーエリア内では無類の強さを
 誇り、パワー負けはしないセンターフォワード。

 サウサンプトンで頭角を現すと67年に名門のトッテナムに移籍すると
 得点を量産したが、かつての名選手のジミー・グリーブスらと比較され
 ファンからの評価は低かった。

 しかし70−71シーズンのリーグカップ決勝で2ゴールを決めて、
 初優勝の立役者となると、翌年のUEFAカップの決勝では初戦に
 2ゴールをあげる活躍をみせチームも優勝をした。
 特に2点目のハーフウェーラインからドリブルで次々と相手をかわし、
 20メートルの距離から叩き込んだゴールは、自らも認める生涯の
 ベストゴールであった。
 この年はリーグ、カップ戦64試合で44ゴールを決める活躍を見せて
 ファンからも認められた。

 代表では74年アルゼンチン・ワールドカップ欧州予選で敗れてしまい
 ワールドカップなどの大会ではあまり活躍をしていないが、24試合で
 12ゴールを記録している。

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2008年09月02日

クリス・サットン

クリス・サットン

サットン.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1973年3月10日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 1/0

 ● 所属クラブ



 1991-94 ノリッジ

 1994-99 ブラックバーン

 1999-00 チェルシー

 2000-06 セルティック

 2006    バーミンガム

 2006-07 アストンビラ



 2メートル近い身長を活かし競り合い、空中戦に強くヘディングシュート
 は強烈だが、ポストプレーヤーとしても能力を発揮して、チームメイトの
 ゴールを何度もアシストした。

 ノリッジでプレーをし始めて93−94シーズンに25ゴールを決めて
 その翌シーズンからブラックバーンに移籍し、当時前線でコンビを組んで
 いたアラン・シアラーが94−95、95−96、96−97と3シーズ
 ン連続で得点王を獲得したが、サットンのアシストが多かった。

 当時のサットンとシアラーのコンビはリーグの看板であったが96−97
 シーズンを最後にシアラーが移籍してしまうが、サットンは翌シーズンに
 は自ら18ゴールを決めて得点王に輝いた。

 その後はセルティックに移籍し、今度はヘンリク・ラーションとのコンビ
 で大活躍して、セルティックの黄金時代を支えた。
 
 06年にアストンビラに移籍するが、試合中のアクシデントから視覚障害
 を患い現役を引退した。

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2008年08月20日

ロジャー・ハント

ロジャー・ハント

ハント.jpg

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1938年7月20日

 ● ポジション FW 

 ● 代表出場  34/18

 ● 所属クラブ



 1958–69 リバプール

 1969–72 ボルトン



 左右どちらの足からも強力なシュートを放てて、強靭な下半身を持ち
 競り合い、空中戦にも強くアンフィールドで数多くのゴールを決めた
 リバプールを代表するストライカー。

 ディビジョン2に低迷していたリバプールを、ヨーロッパ屈指のチームに
 育て上げたビル・シャンクリーの下ゴールを量産し、リーグ優勝2回、
 FAカップ優勝1回を獲得して、個人では65−66シーズンに得点王
 にも輝いた。

 当時前線でコンビを組んでいたイアン・セントジョンとのコンビは秀逸で
 小柄なセントジョンが下がり目の位置でチャンスメイクをして、ハントが
 ゴールを決めるパターンと、ハントが前線でキープしてセントジョンが
 ゴールを決めるパターンが当時のリバプールの形だった。

 代表では66年地元開催のワールドカップでは、全試合に出場して3得点
 あげて初優勝に貢献した。

 リバプール時代に245ゴールをあげたが、この数字はチーム歴代最多
 ゴール記録である。

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2008年08月11日

レス・ファーディナンド

レス・ファーディナンド

ファーディナンド.jpg 
 
 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1966年12月8日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  17/5

 ● 所属クラブ



 1986-95 QPR

 1987-88 ブレントフォード

 1988-89 ベシクタシュ

 1995-97 ニューカッスル

 1997-03 トッテナム

 2003  ウェストハム

 2003-04 レスター

 2004-05 ボルトン

 2005  レディング

 2005-06  ワトフォード


 
 がっちりとした体格で前線のターゲットマンとしての仕事もこなすが
 足元のテクニックがとても柔らかく、シュート技術も非常に優れた、
 マッチョマンと言われたストライカー。

 QPR時代にストライカーとして大活躍するが、度々フロントと衝突し
 レンタルに出されることもあったが、コンスタントにゴールを決めた。
 
 95年に新天地のニューカッスルに移籍し活躍していたが、96年に
 アラン・シアラーが移籍をしてきたのだが、当時ファーディナンドが
 背番号9をつけていたのだが、シアラーが契約した際の条件の中には
 背番号9をつけることが入っておりチームから背番号9の返却を求め
 られた時は、さんざん抵抗したが背番号9を明け渡し、代わり99を
 つけたいと申し出たが拒否されるなど色々とピッチ外でも騒がせたが
 ファンにはとても愛されたサッカー選手だった。
 
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2008年07月25日

トレバー・フランシス

トレバー・フランシス

フランシス.jpg 

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1954年4月19日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  52/12

 ● 所属クラブ



 1970-79 バーミンガム

 1979-81 ノッティンガム・フォレスト

 1981-82 マンチェスター・シティ

 1982-86 サンプドリア

 1986-87 アタランタ

 1987-88 レンジャーズ

 1988-91 QPR

 1990-94 シェフィルード・U



 1970年代に彗星のごとく現れ、俊足を生かしたドリブルが得意で
 果敢な飛び出しから得点も取れて、下がり目の位置からのチャンスメイク
 も出来る、イングランドが誇るFWだった。

 デビュー戦は16歳の時、対戦相手だったカーディフのDFが試合中
 本人に「お前は本当に16歳か?」と訊ねたほどフランシスの才能は
 ずば抜けていた。

 バーミンガムでの大活躍の後ノッティンガム・フォレストに移籍したが
 そこで、チャンピオンズ・カップを2連覇に貢献した。
 その時にノッティンガム・フォレストの前線で、コンビを組んでいた
 トニー・ウッドコックとのコンビは当時のイングランドの看板だった。

 その後は何チームか渡り歩るき、40歳までプレーを続けた。

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2008年07月04日

クライブ・アレン

クライブ・アレン

アレン.jpg 

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1961年5月20日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 5/0

 ● 所属クラブ



 1978-80 QPR

 1980   アーセナル

 1980-81 クリスタルパレス

 1981-84 QPR

 1984-88 トッテナム

 1988-89 ボルドー

 1989-91 マンチェスターシティ

 1991-92 チェルシー

 1992-94 ウエストハム

 1994-95 ミルウォール

 1995-96 カーライル



 クライブの父のレスもイングランドとトッテナムを代表する、
 名ストライカーだった。
 
 クライブは「自分は父親のように天性のストライカーではない」
 と言い、とにかく練習熱心で、その練習の積み重ねがゴール前で
 の落ち着いたプレーを生み出していた。

 トッテナムには84年に入団したが、86−87シーズンが彼の
 キャリアでは最高のシーズン。
 カップ戦も含めて54試合で49ゴールという驚異的な成績を残す。

 88年にフランスのボルドーに移籍をし活躍の場を海外に求める。
 ファンの間では入れ替えで入団したガスコイン、その翌年に入団する
 リネカーとのプレーを見たかったと言う声が多かった。

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2008年07月03日

マルコム・マクドナルド

マルコム・マクドナル

マクドナルド.jpg 

 ● 国籍   イングランド

 ● 生年月日 1950年1月7日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 14/6

 ● 所属クラブ



1967-  トンブリッジ

1967-68 クリスタルパレス

1968-69 フルハム

1969-71 ルートン・タウン

1971-76 ニューカッスル

1976-79 アーセナル

1979-  ユールゴールデン



 身長は高くないががっちりとした体格だが、抜群の瞬発力を持ち合わせ
 チャンスを的確に捉える嗅覚を備えたストライカー。
 
 マクドナルドはイングランドファンからは深く愛され、評論家からは
 実力を疑問視された選手だった。
 なぜなら、ゲームによっては、フィールド上で消えてしまい、ただの
 空気になってしまう選手だった。

 運良くマクドナルドの当たりの日に居合わせたファンは「マクドナルド
 のゴールは稲妻だ!」と口を揃えて言った。
 
 イングランド代表で14試合で6ゴールを決めているが、そのうちの
 5ゴールは1試合であげた得点だった。

 1979年に膝の大怪我により引退を余儀なくされる。

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2008年06月17日

デビッド・プラット

デビッド・プラット

プラット.jpg

 ●国籍 イングランド

 ●生年月日 1966年6月10日

 ●ポジション MF

 ●代表出場 62/27

 ●所属クラブ

 1985-88 クルー・アレクサンドラ

 1988-91 アストン・ビラ

 1991-92 バーリ

 1992-93 ユベントス

 1993-95 サンプドリア
 
 1995-98 アーセナル

 1999-01 ノッティンガム・フォレスト



プラットを指導した監督は必ず「頭が良い」
「順応性に長けている」と口を揃えて言う。

イングランド人は、イタリアでは成功しないと言われていたが
プラットはチームにフィットし、巧みな技術、
優れた状況判断、的確なポジショニングでイタリアで成功する。

他国のプレーヤーに厳しいイタリア人が、プラットに関しては
非常に好意的である。

1990ワールドカップでFKからの
ロングボールを振り向きざまに素晴らしい
ボレーシュートを決めFW並みの決定力も持ち合わせた。





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ポール・インス

ポール・インス

ince.jpg
●国籍 イングランド

●生年月日 1967年10月21日

●ポジション MF

●代表出場 53/2

●所属クラブ

1985-90 ウェスト・ハム

1990-95 マンチェスター・ユナイテッド

1995-97 インテル

1997-99 リバプール

1999-02 ミドルズブラ

2002-06 ウォルバーンハンプトン

2006-07 スウィンドン・タウン

2007 マクルスフィールド・タウン



気性の激しい性格からトラブルを起こすこともあったが
ピッチ上では周囲を鼓舞しチームを奮い立たせるのに役立った。

ウエスト・ハムで頭角を現し、マンチェスター・ユナイテッドへ
そしてセリエAのインテルへ移籍したが、サッカー環境の違う
イタリアでは豪快なミドルシュートがほとんど見られずに
2シーズンで帰国。

その直後に行われた1998ワールドカップの欧州予選で
敵地のローマでイタリアから、ワールドカップの出場権を
奪い取った主役はインスだった。



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2008年06月16日

ポール・ガスコイン

ポール・ガスコイン

iひじ.jpg

●国籍 イングランド

●生年月日 1967年5月27日

●ポジション MF

●代表出場 57/10

●所属クラブ

  1984-88 ニューカッスル

  1988-92 トットナム

  1992-95 ラツィオ

  1995-98 レンジャース

  1998-00 ミドルズブラ

  2001-01 エバートン

  2002-02 バーンリー
 
  2002-02 甘粛天馬



ガスコインがニューカッスルでデビューしたとき、
多くの人が「あいつは本当にイングランド人なのか?」
と驚いたほどのテクニックを持っていた。
スパーズでは巧みなフェイントと正確なパスで
当時イングランドを代表するストライカーのリネカーの
ゴールを量産させた。

とにかく技巧派のプレースタイルだったが
私生活などでは問題児でアルコールが原因で代表を外され
たりもたが愛嬌のある性格で、アイドル顔負けの人気があった。

1990年のワールドカップイタリア大会の準決勝の
対西ドイツ戦でイエローカードをもらってしまい
累積警告で、この西ドイツ戦を勝利しても
決勝の試合に出れないと分かると試合中にもかかわらず
涙を流した。





タグ:ガスコイン
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