2009年03月16日

ユゼフ・ムイナルチク

ユゼフ・ムイナルチク

ユゼフ.jpg

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1953年9月20日

 ● ポジション GK

 ● 代表出場  42/0

 ● 所属クラブ


 1977-80 オドラ・オポーレ

 1980-84 ビジェフ・ウーチ

 1984-85 バスティア

 1985-89 ポルト


 身長190センチを超える大柄な身体で空中戦に強く、安定した飛び出し
 でゴールマウスを守ったポーランドを代表するゴールキーパー。

 77年にオドラ・オポーレでキャリアをスタートさせると、安定した守り
 でレギュラーの座を獲得すると、80年にビジェフ・ウーチに移籍すると
 80−81、81−82シーズンのリーグ優勝に貢献してた。
 84年にはフランスのバスティアに移籍をし、安定した守りを見せ、他国
 への移籍を成功させると86年にはポルトガルの名門FCポルトへ移籍を
 し85−86、87−88シーズンのリーグ優勝に貢献をして、トヨタ・
 カップも制して89年に引退をした。

 代表では名ゴールキーパーのヤン・トマシェフスキの後釜としてゴール
 マウスを守り1986メキシコ・ワールドカップでは予選リーグで戦った
 イングランド戦でゲーリー・リネカーにハットトリックを決められたが
 他の試合では安定した守りを見せた。

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2008年10月17日

トマシュ・ヴァウドフ

トマシュ・ヴァウドフ

バウドフ.jpg

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1971年5月10日

 ● ポジション DF

 ● 代表出場 74/2

 ● 所属クラブ



 1988-94 グールニク・ザブジェ

 1994-99 ボーフム

 1999-06 シャルケ

 2007   ヤギエロニア・ビアウィストク



 188センチという体格を活かしたパワー溢れるディフェンスで、空中戦
 に強く、激しいディフェンスを得意としたディフェンダー。

 ポーランドの強豪グールニク・ザブジェでキャリアをスタートさせると、
 体格を活かしたディフェンスで、瞬く間にディフェンス陣の中心となると
 ポーランド代表として、国際舞台のピッチに立つと、その活躍から94年
 にドイツのボーフムに移籍をすると、大柄なフォワードが多い、ブンデス
 リーガでも当たり負けせず、ボーフムにおいてもディフェンスの中心で
 活躍をすると、99年にはシャルケに移籍を。
 それまでは体格を活かしたパワーディフェンスだったが、経験を活かした
 読みやカバーリングにも磨きがかかり、老獪なディフェンダーに変化した
 
 シャルケでは00−01,01−02にドイツカップ獲得に貢献した。

 代表では2002日韓・ワールドカップに出場をし、グループリーグで
 敗退はしたが、トマシュ・ヴァウドフは素晴らしいパフォーマンスを
 披露した。

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2008年09月26日

カジミエシュ・デイナ

カジミエシュ・デイナ

デイナ.jpg 

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1947年10月23日

 ● ポジション MF FW

 ● 代表出場  97/41

 ● 所属クラブ



 1966   LUSウーチ

 1966-78 レギア・ワルシャワ

 1978-81 マンチェスター・シティ

 1981-87 サンディエゴ・サッカーズ

 1987-89 レジェンズ・サンディエゴ



 シャドーストライカーとして得点も取れ、下がり目の位置からゲーム
 メーカーとしてもプレーした1970年代のポーランドの躍進を支えた
 名選手。

 母国の陸軍チームであるレギア・ワルシャワでプレーをし、1972年
 ミュンヘンオリンピックでは当初ノーマークのチームだったが、持ち前の
 素晴らしいスピードサッカーで次々と強豪を打ち破り、自身もルバンスキ
 のシャドーストライカーとして、9得点をあげ得点王にも輝いた。

 その2年後の1974西ドイツ・ワールドカップではチームリーダーの
 ルバンスキが負傷により本大会を欠場し、代わりにチームリーダーとなり
 監督の指示で、ゲームメーカーの位置に下がると俊足ウイングのラトー、
 ガドーハなどに効果的なパスを送り、チームの躍進を支え、自身も3得点
 をあげチームも好成績の3位となった。

 その後28歳でマンチェスター・シティに移籍をしたが、代表で見せた
 プレーはできず、81年に北米サッカーリーグでプレーをし引退した。

 引退後はそのままアメリカに移り住み生活をしていたが、89年に交通
 事故で亡くなった。

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2008年08月26日

ブウォジミエシ・ルバンスキ

ブウォジミエシ・ルバンスキ

ルバンスキ.jpg 
 
 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1947年2月28日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  80/50

 ● 所属クラブ



 
 1963-75 サブジェ

 1975-82 ロケレン

 1982-83 バランシアンヌ

 1983-85 キンパル

 1985     ラシン・メヘエレン



 スピードがあり、足元の技術にも優れ、柔らかいプレーが得意なのかと
 思うと力強いヘディングシュートを決めるポーランド随一のストライカー

 63年からザブジェでプレーをし、リーグ戦7回、カップ戦6回の優勝を
 飾り、個人的にはポーランド年間最優秀選手賞2回、得点王4回、獲得し
 1960年代のポーランドサッカーを引っ張り、75年からはベルギーの
 ロケレンでプレーをし、プレベン・エルケーア・ラルセンとのコンビで
 ベルギーリーグでも得点を量産し、両リーグ合わせて243試合に出場し
 234ゴールを記録している。

 代表では74年の西ドイツ・ワールドカップ最終予選のイングランド戦で
 相手のタックルで足を負傷し、本大会を棒に振る。
 本大会では代役で呼ばれたグジェゴシェ・ラトーが大活躍しポーランドは
 4位に入賞する。

 78年のアルゼンチン大会ではルバンスキ、ラトー、シャルマッハと驚異
 の3トップを形成したが、すでにかつてのスピードは見られえずに、FWの
 一角をボニエクに奪われ、得点をあげることなく本大会を去った。

 とはいえ代表50ゴールは歴代最多である。

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2008年07月29日

ヤン・トマシェフスキ

ヤン・トマシェフスキ

トマシェフスキ.jpg

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1948年1月9日

 ● ポジション GK

 ● 代表出場  63/0

 ● 所属クラブ



1963-67 グバルディア

1968-70 スワスク

1970-72 レギャ

1972-78 LKSウージ

1978-81 ベーアアスコット

1981-82 エラクレス

1982-84 LKSウージ


 今では珍しくなくなったが、1970年代でGKが190センチを超える
 選手はまだまれだったが、トマシェフスキは193センチの長身を上手く
 使い空中戦では無敵を誇り、その長身からは想像出来ないほど敏捷性に
 優れ、ファインセーブを連発した。

 1974年西ドイツ・ワールドカップで攻撃陣ではラトー、ガドーハ、
 デイナといったタレントを揃え3位に入り世界に旋風を巻き起こしたが
 そのポーランドの戦術だった、カウンターを最後尾で支えていた。

 研ぎ澄まされた集中力で、本大会中2本のPKをストップするなど守りの
 要として大活躍すると同時に、攻撃の面でもトマシェフスキからの正確な
 ロングフィードから、チャンスを迎えるシーンも度々あり攻守の両面で
 ポーランドを支えた。

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2008年07月28日

ズビグニェフ・ボニエク

ズビグニェフ・ボニエク

ボニエク.jpg

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1956年3月3日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  80/20

 ● 所属クラブ



 1975-82 ビジェフ・ウージ

 1982-85 ユベントス

 1985-88 ローマ



 爆発的なスピード、強烈なシュート、そして豊富な運動量で70年代後半
 〜80年代中盤のポーランドを引っ張り欧州に旋風を起こした名選手。

 ワールドカップはアルゼンチン大会から3大会連続で出場し、82年の
 スペイン大会では2次リーグのベルギー戦で、ハットトリックを決めて
 大活躍をしポーランドを3位の原動力となる。
 3点をあげた、ベルギー戦での1点目はグラウンダーのセンタリングに
 走りこんでボレー。
 2点目はスペースに走りこんでのヘディング、3点目は味方が前線で
 ボールをキープしているところに走り込み、パスを受けてのシュート
 この3点に象徴されるように、とにかく走る選手だった。

 FWやMFとしてプレーしたが前方にスペースがあれば、自らチャンスを
 作り得点を重ねた。

 クラブでは2年間だけだったが、プラティニとユベントスでコンビを組み
 抜群の相性で実力を遺憾なく発揮して、セリエAリーグ制覇、UEFA
 チャンピンズカップ制覇などに貢献した。
 

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2008年07月03日

グジェゴシ・ラト

グジェゴシ・ラト

ラト.jpg 

 ● 国籍   ポーランド

 ● 生年月日 1950年4月8日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場 100/45

 ● 所属クラブ



 1962-80 スタル・ミエレク
 
 1980-82 KSCロケレン
 
 1982-84 アトランテ



 1974年 西ドイツ ワールドカップで旋風を巻き起こし3位に
 躍進させ、自らも7得点し得点王にも輝き、世界中を驚かせた
 得点能力も兼ね備えた快速、右ウイング。
 
 ラトはあまり練習せず戦術を守らずに、監督の指示と違うことを
 平気でするような選手だったが、当時の主力であったルバンスキが
 予選で怪我をしてしまい、監督は「本大会で勝つにはラトを中心とした
 チーム作りをするしかない」と決意し、ラトを呼び出して、彼から
 コンディションを上げ、モチベーションを高め、サッカーに集中する
 という約束をさせて、本大会で素晴らしい結果を残した。

 80年になると海外でのプレーを認められベルギー、メキシコのチームで
 プレーをし、引退したが努力せずに本当にサッカーを楽しみながら
 成功したポーランドの革命児的な選手だった。

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