2009年04月01日

バリー・ファン・ハーレン

バリー・ファン・ハーレン

ファン.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1970年4月4日

 ● ポジション MF

 ● 代表出場  1/0

 ● 所属クラブ


 1991-93 HFC

 1993-96 ローダーJC

 1996-97 NAC

 1997-06 AZ


 気性が荒くて好不調の波はあったが、豊富な運動量を武器にピッチを走り
 回り、効果的なパスを前線に送り、チームの攻撃を牽引した。
 
 91年にHFCでキャリアをスタートさせると、チームの攻撃の核として
 大活躍してローダーJCに引き抜かれると、ここでも持ち前の攻撃センス
 を発揮して時にはナイジェリア人ストライカーのババンギダとツートップ
 を組むこともあった。

 その後NACを経て97年に2部に降格したAZに移籍、ファン・ハーレ
 ンの活躍などもあり1シーズンで1部復帰を果たす。
 02−03シーズンの途中から監督が代わりコー・アドリアーンセになる
 と、攻撃的サッカーでリーグを席巻、前線の選手が小まめなポジションチ
 ェンジを繰り返し昔のトータルフットボールを思わせるサッカースタイル
 に変わり、ファン・ハーレンは攻撃の中心としてプレーした。
 05−06シーズンを最後に引退をした。

 代表では34歳でデビューを果たすなど、遅咲きのプレイヤーだった。

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2009年03月15日

アリー・ハーン

アリー・ハーン

ハン.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1948年11月6日

 ● ポジション MF

 ● 代表出場  35/6

 ● 所属クラブ


 1969-75 アヤックス

 1975-81 アンデルレヒト

 1981-83 スタンダール・リエージュ

 1983-84 PSV


 屈強な身体を武器に激しいチェックでボールを奪うと、的確なパスを前線
 に送り攻撃の起点にもなったり、時折見せる強力なミドルシュートを武器
 に、70年代のオランダ・トータルフットボール中盤の底で支えた守備的
 ミッドフィルダー

 69年に名門アヤックスでキャリアをスタートさせると1〜2年目は試合
 出場に恵まれなかったが、3年目からチームの主力としてプレーをして、
 アルデルレヒトに移籍するまでにリーグ戦3回、カップ戦3回、チャンピ
 ズ・カップ70−71、71−72、72−73シーズンに3連覇を果た
 し、アヤックスの黄金期を支えた。

 75年にベルギーのアンデルレヒトに移籍をするとここでも中盤の底にで
 プレーをして、チームの躍進を支え、81年にスタンダール・リエージュ
 83年にPSVに移籍をしプレーをして、翌年に引退をした。

 代表では70年代に世界に旋風を巻き起こした、オランダ・トータルフッ
 とボールの主力選手としてプレーをして1974、1978ワールドカッ
 プに出場して、1974の西ドイツ大会は不慣れなセンターバックでプレ
 ーをし準優勝に貢献をして1978のアルゼンチン大会では本来の守備的
 ミッドフィルダーのポジションでプレーをし、2次予選で35メートルの
 ロングシュートを決めるなどしてこの大会も準優勝に貢献をした。

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2009年03月12日

ヤン・ヨンクブルート

ヤン・ヨンクブルート

ヨン.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1940年11月25日

 ● ポジション GK

 ● 代表出場  24/0

 ● 所属クラブ


 1959-72 DWS

 1972-77 アムステルダム

 1977-81 ローダー

 1982-86 ゴー・アヘッド


 攻撃的なプレースタイルで守備範囲が広く、積極果敢な飛び出し、
 コーチング能力に長けており、チームの最後尾でゴールマウス守った。

 59年にDWSでプレーを始め10年以上に渡りチームの守護神を務め、
 63−64シーズンにはチームのリーグ優勝に貢献をした。
 72年にアムステルダムに移籍、77年にはローダー、82年にはゴー・
 アヘッドに移籍をし86年に引退をした。
 40歳を過ぎても現役を続け、大きな怪我がほとんどなくどのクラブでも
 長期離脱することはなかった。

 代表では1974西ドイツ・ワールドカップにレギュラーとして出場して
 1次リーグではブルガリア戦での自殺点の1点に抑え、2次リーグでは
 全ての試合を完封してオランダの快進撃を支えて、準優勝に貢献した。
 当時のオランダサッカーは近代サッカーの先駆けと言われ、ディフェンス
 ラインはオフサイドトラップを仕掛ける事が度々あり、ペナルティーエリ
 ア内を飛び出しフィールドプレーヤーとしても活躍し、当時のオランダ
 サッカーには不可欠なゴールキーパーだった。

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2009年03月09日

キース・キスト

キース・キスト

キース.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1952年8月7日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  21/4

 ● 所属クラブ


 1970-72 ヘーレンフェーン

 1972-82 AZ

 198-83 パリ・サンジェルマン

 1983-84 ミュルーズ

 1984-85 ヘーレンフェーン

 1986-87 AZ


 運動量が豊富で、ペナルティエリア内では果敢に勝負を仕掛け、ゴールを
 決める闘志溢れるAZが誇る名ストライカー。

 70年にヘーレンフェーンでキャリアをスタートさせると1年目から主力
 として活躍して、チームを2部昇格に貢献する。
 72−73シーズンにはAZに移籍すると当時AZは、PSV、アヤック
 ス、フェイエノールトらと優勝争いをしており、その切り札として期待さ
 れており、キストはその期待に見事応えて、78−79、79−80シー
 ズンには見事得点王に輝き、78−79シーズンにはゴールデン・ブーツ
 にも輝いた。
 そして80−81シーズンには念願のリーグ優勝に貢献した。
 
 82−83シーズンにはパリ・サンジェルマンに移籍したが、オランダで
 見せたようなダイナミックなプレーは影を潜めてしまい、84−85シー
 ズンにはヘーレンフェーンに復帰し、87年にAZで引退をした。

 代表では3位になった1976欧州選手権では主力ではなかったが198
 0欧州選手権に出場して1980欧州選手権ではチームは予選で敗退した
 が3試合で2ゴールを決めるなど活躍をした。

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2008年10月11日

ダニー・ブリント

ダニー・ブリント

ブリント.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1961年8月1日

 ● ポジション DF MF

 ● 代表出場 42/1

 ● 所属クラブ



 1979-1986 スパルタ・ロッテルダム

 1986-1999 アヤックス 



 屈強なセンターバックとしてゴールを守る時もあれば、中盤の底に入り
 試合展開を的確に把握し安定感あふれるプレーでサイドや前線につなぎ
 攻撃の起点にもなった。

 79年にスパルタ・ロッテルダムでキャリアをスタートさせると1シー
 ズン目から試合に出ていたが、レギュラーを獲得するまでには至らなか
 ったが、若手の中では飛びぬけた実力を持っていた。

 82−83シーズンからはレギュラーとして活躍すると、86年から
 オランダの名門アヤックスに移籍をすると、選手層の厚いアヤックス
 でもレギュラーとして活躍をし、94−95シーズンを最後に引退を
 したフランク・ライカールトが務めた、アヤックスの生命線でもあった
 ボランチの位置にも入ることもあり、チームの舵取り役を務めた。

 アヤックスではリーグ優勝5度、アムステルダム・カップ戦3度、ヨー
 ロッパではチャンピオンズ・リーグ1度、トヨタカップも制し、世界一
 にもなった。
 40歳近くまでプレーをしたが、大きな怪我もなく、安定したプレーで
 アヤックスの黄金時代を支えたメンバーの一人であった。

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2008年09月21日

ルート・クロル

ルート・クロル

クロル.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1949年3月24日

 ● ポジション DF

 ● 代表出場 83/4

 ● 所属クラブ



 1967-68 ルード・ビッド

 1968-80 アヤックス

 1980   ホワイトキャップス

 1980-84 ナポリ

 1984-85 カンヌ



 ディフェンダーとしての能力はもちろん攻撃に関する能力も兼ね備えて
 おり、左サイドバック、リベロで活躍し、キャプテンシーも持ち合わせた
 オールラウンダーな選手。

 ルード・ビッドでキャリアをスタートさせるが、すぐさまアヤックスに
 スカウトされ名門クラブでプレーをし始めると、69−70シーズンには
 左サイドバックとしてレギュラーポジションを獲得すると、国内リーグ戦
 はもちろん欧州チャンピオンズ・カップを70−71シーズンから3連覇
 をし、70年代のアヤックスの黄金時代を築いた1人だった。

 代表としては1974、78ワールドカップに出場し、78アルゼンチン
 ・ワールドカップではクライフが代表から去り、弱体化が心配されたが
 クロルはキャプテンとして出場し、ディフェンスはもちろんリベロとして
 の攻撃参加も素晴らしく、チームの決勝進出に貢献した。

 決勝は地元アルゼンチンとの対戦になったが、試合前のオランダ代表への
 嫌がらせなどで、選手が集中力を欠いていたがクロルは選手を鼓舞し、
 試合に臨んだが延長戦の末1−3で敗れた。

 しかしクロルの評価は高く大会のベストイレブンに選ばれた。

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2008年09月08日

リヌス・イスラエル

リヌス・イスラエル

イスラエル.gif

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1942年3月19日

 ● ポジション DF

 ● 代表出場 47/3

 ● 所属クラブ



 1962-66 DWSアムステルダム

 1966-74 フェイエノールト

 1974-75 エクセルシオール

 1975-82 ズヴォレ


 1対1に、空中戦に強く、冷静で的確な読みで相手ディフェンダーに仕事
 をさせないディフェンダーで、チームを統率するキャプテンシーも持って
 おり、職人タイプのディフェンダー。
 
 DWSアムステルダム でキャリアをスタートさせて、その当時は普通の
 ディフェンダーだったが、66年のフェイエノールトへの移籍をきっかけ
 にディフェンダーとしての能力が飛躍的に伸び、69ー70シーズンには
 欧州チャンピオンズ・カップ、インターコンチネンタル・カップを制し、
 チームや自らの名をヨーロッパに轟かせた。

 代表では1974西ドイツ・ワールドカップ欧州予選で活躍し、オランダ
 の本大会出場に貢献し、当然本大会でもレギュラーとして考えられていた
 が、本大会前に父親が急死し、チームへの合流が遅れ、本大会ではサブ
 として数試合に出場したにとどまった。

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2008年09月06日

バリー・フルスホフ

ー・フルスホフ

フルスホフ.jpg 

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1946年9月30日

 ● ポジション DF 

 ● 代表出場 14/6

 ● 所属クラブ



 1962-63 ゼーブリヒア

 1963-77 アヤックス

 1977-79 マーストリヒト


 長身でフィジカルを活かしたディフェンスが得意といており、空中戦には
 絶対の自信を持つ一方で、フィードは確実で攻め上がっての攻撃力は抜群
 でDFながら、オールラウンダーの能力を兼ね備えていたディフェンダー

 63年にアヤックスに移籍してから不動のセンターバックの地位を築き
 アヤックスがトータルフットボールを掲げ70−71シーズンから、欧州
 チャンピオンズ・カップを3連覇に貢献した。
 当時はクライフを中心とした攻撃陣にスポットライトが当たっていたが、
 DF陣の中心はフルスホフだった。

 特に72年のパフォーマンスは凄くインターコンチネンタル・カップの
 決勝戦ではインデペンディエンテを破った試合では、相手FW陣を完璧に
 止めて仕事をさせなかった。

 この頃のフルスホフは欧州でも指折りのDFだった。

 しかし代表では74年のワールドカップ前に大怪我を負い出場できなかっ
 たばかりか、怪我が治っても本来のプレーが戻らずに14試合しかプレー
 していない。

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2008年08月23日

ヴィム・ヨンク

ヴィム・ヨンク

ヨンク.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1966年10月12日

 ● ポジション MF 

 ● 代表出場  49/11

 ● 所属クラブ



 1986-88 フォレンダム

 1988-93 アヤックス

 1993-95 インテル

 1995-98 PSV

 1998-01 シェフィールド・ウェンズディ



 鋭い戦術眼と、広い視野で中盤の底でディフェンスでは激しく当たり
 攻撃面では正確なパスと鋭いミドルシュートを武器にしており90年代
 のオランダ代表には不可欠な選手だった。

 88年に名門アヤックスに移籍したが、マルコ・ファン・バステンや
 フランク・ライカールトら主力が抜けており、89−90シーズンに
 リーグ優勝しただけに終わるが、FWのデニス・ベルカンプと息の合った
 プレーを見せ93年には2人揃ってインテルに移籍をするがイタリアの
 サッカーに馴染めずに2シーズンで、オランダのPSVに移籍して再び
 アヤックス時代の輝きを取り戻した。

 代表では94年、98年のワールドカップに連続出場し、98年大会では
 3位決定戦で新興国のクロアチアに破れ4位になったが、予選リーグの
 韓国戦ではダービッツとの中盤のコンビで韓国の攻撃をことごとく中盤で
 潰し5−0で圧勝しチームの勝利に貢献した。

 
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2008年08月18日

ヴィレム・ファン・ハネヘム

ヴィレム・ファン・ハネヘム

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 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1944年2月20日

 ● ポジション MF

 ● 代表出場  52/6

 ● 所属クラブ
 


 1962-66 フェロクス
  
 1966-68 ゼルゼグスDHC66
 
 1968-76 フェイエノールト 
 
 1976-79 AZ
  
 1979   シカゴ・スティング
  
 1979-81 ユトレヒト
  
 1981-83 フェイエノールト



 大柄でプレースピードは素早くはないが、利き足の左足を駆使して正確な
 パスを前線に繰り出しゲームをコントロールをしたミッドフィルダー。

 74年西ドイツ・ワールドカップでは、オランダ・トータルフットボール
 の中心であったクライフ、ニースケンスらが、素早くスピーディーな動き
 をする中で、少し引いた位置にどっしりと構えて、ゲームの流れを確実に
 読み効果的なパスを供給し続けて、決勝では地元西ドイツに1−3で敗れ
 たが準優勝に大きく貢献した。

 クラブレベルでは69年にフェイエノールトに移籍すると、チーム初の
 欧州チャンピオンずカップ制覇に貢献した。
 その後79年にはアメリカにも渡ったりプレーもしたが、最後はオランダ
 のフェイエノールトに戻り引退をした。

 現役引退後は指導者になり、92−93シーズンにフェイエノールトを
 9シーズンぶりのリーグ優勝に導くなど指導者としても実績を残している

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2008年08月12日

ロブ・レンセンブリンク

ロブ・レンセンブリンク

レンセンブリンク.jpg

 ● 国籍   オランダ

 ● 生年月日 1947年7月3日

 ● ポジション FW

 ● 代表出場  46/14

 ● 所属クラブ



 1965 - 69 DWSアムステルダム

 1969 - 71 ブルージュ

 1971 - 80 アンデルレヒト

 1980     ポートランド・ティンバース

 1980 - 82 トゥールーズ



 テクニックに優れ、非常に柔らかいボールタッチと正確無比なドリブルで
 サイドを突破してチャンスを作ったかと思うと、突如ゴール前に現れて
 シュートを放ちゴールを決める職人フォワード。

 クラブレベルではキャリアの大半をベルギーでプレーして、76年には
 ベルギー最優秀選手に選ばれている。

 代表ではヨハン・クライフやヨハン・ニースケンスらの影に隠れた感も
 あるがオランダのトータルフットボールの一翼を担っていた。

 78年のアルゼンチン・ワールドカップでは決勝戦で地元アルゼンチン
 に延長戦の末1−3で敗れはしたが、大会で大活躍しマリオ・ケンペス
 の6ゴールには及ばなかったが5ゴールを決めた。
 圧巻は3−0で勝った初戦のイラン戦。
 ハットトリックを決めてチームに勢いをつけた。

 74、78年のワールドカップに出場したが2大会とも準優勝に終わり
 世界一になり損ねている。

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